どうもどうもタケヒロです。
治療がうまくいかなかった時、皆さんはどんなことを考えますか?
「何か別の方法があれば…」
こんなことを考える人が少なくないと思います。
ただ冷静に考えてみてほしいのですが、治療戦略というのは評価結果から導き出されるものであり、その治療戦略が失敗に終わったということは、そもそもの評価が間違っていたとは思いませんか?
このように失敗の原因に目を向けずに別の解決策を模索するのは、考えているように見えて実は考えることを放棄してしまっているんですね。
さらに、こういった人は仮に別の解決策を得たとしても、それを実行した結果が再び失敗だったときにまた別の解決策を模索し始めます。
こうなるとただの方法論コレクター、数打ちゃ当たる(でも当たるのはたまーに)と言っても過言ではありません。
仮に治療が上手くいったとしてもその理由を考て明確にすることができないので、成功事例に再現性が生まれません。
ずーーーーっと数打ちゃ当たる(でも当たるのはたまーに)を繰り返すことになります。
少なくとも集-tsudoi-の先生方はそうはなりたくないと思っているとぼくは考えています。
(じゃなきゃ毎月会費を払って勉強なんてしないはず)
このブログでは治療がうまくいかなかった時にぼくが何を考えるのかをシェアします。
ただし、ぼくの考えが絶対正解とはぼく自身考えていません。
あくまで参考例としてお読みいただければと思います。
うまくいかなかった時に考えること
①自分の評価を疑う
冒頭でも述べたように治療戦略は評価結果から導き出されるものなので、その治療による効果がないのであれば評価が間違っていたと考えた方が良いでしょう。
では評価をどこからやり直すのか?
問診、理学検査(可動域、姿勢、腱反射、筋力、感覚)、スペシャルテスト、その他動的評価…
必要な検査の選定は問診情報に依存します。
例)
問診情報:下肢が痺れている
↓
選定した検査:SRL、FNS
つまり問診が浅いとその後の検査も浅いものとなります。
ぼくの場合は再問診の時間を設けることがほとんどです。
ホワイトボードに書き取りをしながら患者と一緒に分析を進めることすらあります。
再問診をすることで聞き損じていたこと、見逃していたことが浮き彫りになり突破口をつくるきっかけになることがよくあります。
以下は問診における会話に比重を置いたブログです。
時間に余裕のある先生はぜひ読んでみてください。
実は問診以前の問題も存在します。
それが解剖学的な視野の狭さです。
皆さんは”腰痛”と聞いたときに原因をいくつリストアップ(想定)できますか?
椎間板、神経、筋、骨、靭帯、内科的疾患…といったように色々あるとは思いますが、この色々の中から原因を探っていくのが評価です。
つまりリストアップできていないものは評価対象に含めることができず想定ができません。
これはそもそもその対象を認知できていないことを意味します。
例えば、靭帯損傷という概念が頭にない人が評価をすると、治療に運動療法を選択してしまうということが起こります。
屈曲で痛めた(靭帯損傷であればここで痛めたではなく負傷や受傷と言います)から伸展系メニューで治療をしよう!
あれ、期待した効果が得られない…と、こんなことが起こります。
しかしこれは解剖学の知識不足ではなく、解剖学的な視野の狭さです。
よく「もっと知識があれば」と言う方がいますが解剖学の知識は学生時代に勉強しているはずです。
知らないのではなく、評価においてその存在を認知していないだけです。
その証拠に大体の靭帯は名前を聞くと「聞いたことある知ってる」となるはずです。
②自分の技術レベルを疑う
仮に評価に誤りがなかった時、考えることは自分の技術レベルです。
教わった手技、自分で学んだ手技など効果が出せるクオリティで実施できていたのか?と疑います。
過去何年も使っていて再現性を担保できている手技に関してはあまり疑いませんが、比較的新しく習得した手技や修練量が不足している手技、再現性が低い手技に関しては強く疑うことがよくあります。
「〇〇筋のリリースをしましたが、症状が改善しません。」
こういった言葉を聞くとぼくの脳内では「リリースできてないんじゃないの?」という疑問がまず浮かびますが、そこを疑ってしまっては相手に対して失礼になる部分もあるのでいったん飲み込みます。
自分に対しては問答無用で疑います。
③院内治療と院外治療を区別して考える
評価に基づいて治療を実施し、目の前で症状の改善を確かに確認した。
でも次来る時に症状がまたぶり返している。
改善とぶり返しを繰り返していると自分の治療の意味に疑問が出てしまうかもしれませんね。
果たして行っている治療に意味があるのか?と。
この答えは患者の考え方によると思います。
「ぶり返しているが治療を受けていることでQOLを確保できているからOK」
こんな風に考える患者であれば大いに意味のある治療だと思います。
「治療を受けているのにぶり返して治っていない」
こんな風に考える患者だと治療の意味に?マークが出ると思います。
このブログは治療の是非についてのブログではないのでこれ以上は書きませんが、この辺の基準のすり合わせも問診の大事な役割になってくると思います。
院内で治療をして確かに良くなる、でも次来ると元に戻っている。
これを少し変換して考えてみると自分の管理下では治療効果が出ているが、管理外では治療効果が無くなっていると言えます。
院の外へ一歩出たところから患者は自分の管理下から外れます。
自分の管理外での患者の行動に何か治療効果を消してしまう原因が隠れていないかと考えます。
具体的には考えることは2つ。
- 治療効果を生み出すまたは後押しするような良い影響を与える因子の量
- 治療効果を消し去るまたは減少させるような悪い影響を与える因子の量
例えば腰痛患者に伸展系メニューを実施して症状がかなり改善することが確認できた場合、以下のようになります。
- 治療効果を生み出すまたは後押しするような良い影響を与える因子の量
→処方した運動メニュー - 治療効果を消し去るまたは減少させるような悪い影響を与える因子の量
→屈曲を伴う運動または姿勢の反復や持続
①を必要量実施し、②を回避できているかどうかを確認することが重要になります。
ぼくはホワイトボードに良い影響リスト、悪い影響リストを一覧で書いて患者に説明します。
患者の理解度は治療効果に相関します。ということすら説明して分かってもらうようにしています。
③-2 処方メニューが実施できていなかった時
自分の管理外での患者の生活を把握したところ、処方したメニューの実施が不十分なことがよくあります。
こういう時はできなかった事実にフォーカスしても意味がありません。
意味がないどころか患者に対して罪の意識を持たせてしまう可能性があります。

フォーカスすべきは”できなかった理由”です。
それでも「なぜできなかったんですか?」なんて聞いてしまうと圧を感じさせ、患者に罪の意識を植え付けかねません。
できなかったのであれば、
「どんな方法が無理なくやれるのか、〇〇さんにとっての最もベターな方法を見つけたいので」という前置きをした上で
「できなかった理由があれば是非教えてください」と聞くようにします。
こうすることで取り調べではなく協議となり、患者も積極的に自分の意見を言ってくれるようになります。
こうなればできなかった理由が明確になり、その患者にフィットした方法を考えることができます。
多くの場合、この姿勢は患者には一所懸命な先生として映るのではないかと思います。
まとめ
以上がぼくがうまくいかなかった時に考えることになります。
別に方法論の模索が悪いことだとは言っていないので勘違いしないように注意願います。
その前にやれることが沢山あるよねという話です。
ただし方法論の模索が癖になると治療家としての成長ができるかは疑問が残ります。
一つのことを極めろとは言いませんが、全てが中途半端になることは避けたいですよね。




今後どうなりたいのか、自分の目指している治療家像を考えると、どうするべきかが見えてくるかもしれませんね。
こういった悩みを解決する最も良い方法をご紹介します。
それは TSUDOINIUM2025 TOKYO に参加すること。

勉強について助けになるかもしれないブログも置いていきますね。

ではまたっ。
参考および引用書籍・サイト
集-tsudoi-のブログでは以下のリストを参考もしくは引用しています。
書籍
- ガイトン生理学 原著第13版
- 筋骨格系のキネシオロジー 原著第3版
- グレイ解剖学 原著第4版
- プロメテウス解剖学 コア アトラス 第4版
- カラー図解 人体の正常構造と機能
- カンデル神経科学
- カパンジー機能解剖学
- 頭蓋仙骨治療
- アナトミー・トレイン
- チャップマンとグッドハートによる神経リンパ反射療法
- オステオパシーの内臓マニピュレーション
- The Mulligan Concept of Manual Therapy: Textbook of Techniques
- 臨床家のための基礎からわかる病態生理学
- マッケンジーエクササイズ頚椎・胸椎―構造的診断と治療法
- 腰椎―マッケンジーエクササイズ
- 「ポリヴェーガル理論」を読む
- からだのためのポリヴェーガル理論: 迷走神経から不安・うつ・トラウマ・自閉症を癒すセルフ・エクササイズ




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