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その腹筋の緊張は、敵か味方か

腹部を手技で緩めた後、患者さんに
「なんか芯が抜けた感じ」と言われたことはありませんか。

私がこの問いを意識するようになったのは、野球のトレーナーをしていた頃の経験からです。

チームへの罰則でボール使用が禁止され、一日中体幹トレーニングだけをさせられた時期がありました。

また、食トレの影響で腹壁が過緊張したことがありました。
どちらも、腹部の状態が身体症状の直接の原因になっていたこともあり、今も施術では、腹部への手技をよく行っています。

逆にデスクワーク中心の患者さんに腹部のリリースを行ったところ、長年続いていた症状がそのまま改善してしまったケースがあります。
同じ「腹部を緩める」という介入でも、結果として患者の感じることはまったく逆になることもあります。

この違いはどこから来るのか。
それを考えるために、まず二つの姿勢を比べてみま!。

腹筋の”短縮”が問題

たとえばデスクワークの人に多い、円背姿勢を考えてみましょう!

体幹は屈曲し頭部は前に出るいわゆる前方頭位になり、それに伴って上位頚椎は伸展しやすくなります。

この姿勢では体幹が丸まっているため、腹直筋は短縮位に置かれやすくなります。腹筋が”弱い”というより、むしろ縮んだまま固定されている状態です。

ここで重要になるのが胸郭との関係です。
腹直筋が短縮すると胸郭全体を下制方向へ引く力が強まります。

すると胸郭の上方、つまり頚部まわりでは、頚椎と胸郭の両方に付着する斜角筋が影響を受けます。

胸郭が下に引かれることで、斜角筋には持続的な牽引がかかり緊張が生まれやすくなります。

この斜角筋の緊張は、頚椎の伸展や回旋の抵抗になります。
つまり、頚の動かしにくさや緊張をみたときに、単純に頚だけを見ていては足りないことがあるのです。

このようなケースでは、斜角筋のリリースだけでなく、腹直筋の短縮をほどき、胸郭の位置関係を変えるような介入が有効になることがあります。

頚がつらいから頚だけ触る。動きが悪いからその場所だけ緩める。
それだけで終わらず、なぜそこに張力が集まったのかまで思考を進めることが大切です。

同じような姿勢が”良い機能”として働く場面もある

体幹屈曲と頚部伸展の組み合わせは、必ずしも悪いものではありません。

スポーツでは、むしろそれがパフォーマンスを高める姿勢になっていることがあります。

たとえばサイクリング。あるいは野球の守備姿勢。

これらでは、体幹はある程度屈曲し、頚部は伸展して前方を見ています。見た目だけを切り取れば、デスクワーク姿勢と似ている部分もあります。

しかし、中身はまったく違います。

スポーツ場面では、体幹屈曲に伴う腹筋の収縮が、骨盤と体幹を安定させるための機能的な固定として働いています。

この骨盤の固定は、サイクリングでペダルに力を伝えるためにも、野球の守備で低い姿勢を保ちながら視線を安定させるためにも欠かせません。

動いてくるボールを正確に補給するには目線を低くしていくことが野球の基本となります。

さらに、骨盤が安定すると、股関節まわりの筋群の付着部も安定します。
つまり、腹部の働きは単なる「体幹の支え」ではなく、下肢で発揮する力の土台にもなっているのです。

この場合、腹筋の緊張が不調の原因ではなく、むしろ高いパフォーマンスを支える条件になっています。

筋キネ P552のこの図も骨盤の安定あっての機能です。

緩めればいい、では終わらない

ここで臨床上、とても注意したいことがあります。

頚部痛や腰部痛に対して、腹部の緊張を落とすようなアプローチを行うと、その場では楽になることがあります。でもその一方で、

「痛みは取れたけど、なんだか力が入りにくい」
「身体の芯が抜けた感じがする」

そんな反応が返ってくることがあります。
これはその人にとって必要だった緊張まで落としてしまった可能性があります。

特に競技者や高い出力を必要とする人では、腹部の緊張が”機能”として使われていることがあります。

そのため単純に緩めるだけでは、痛みの代わりにパフォーマンス低下を起こしてしまうことがあると考えています。

こうしたケースでは、リリースだけで終わらず、必要な張力を保ったまま再び使える状態に戻すことが大切になります。

その一つとして、プランクのような筋長を変えずに張力を保つ等尺性収縮運動を処方することも選択肢になります。

等尺性収縮運動:関節を動かさず、筋肉の長さを一定に保ったまま力を発揮する運動様式

重要なのは、「緊張を取ること」ではなく、その人に必要な機能を損なわずに整えることです。

鍛えるべきか、緩めるべきか。
その判断は、筋肉を単体で見ていては出てきません…。

その人がどんな姿勢で何時間を過ごしているか。
身体を何のためにどう使っているか。
そこで初めて腹筋の緊張が「敵」なのか「味方」なのかが見えてきます。

評価や技術はその問いに答えるための手段です。

その緊張の意味を問えるかどうかが、臨床の深さを決めます。

参考および引用書籍・サイト

集-tsudoi-のブログでは以下のリストを参考もしくは引用しています。

書籍

サイト

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この記事を書いた人

千木良 卓のアバター 千木良 卓 集-tsudoi-運営メンバー

バイオメカニクスを中心に基礎理論を担当